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水谷IT支援事務所TOP > 執筆(Web) > 2004年3月

インターネットはミサイル戦争からスタート

普通名詞となってしまったインターネットという言葉ですが、メディアにさかんに登場するようになったのが1995年頃からです。実はインターネットには35年もの歴史があるということをご存知でしたか。まずは今から40年ほど前にさかのぼってみましょう。

アメリカ映画「13ディズ」という映画が2000年に公開されましたが、ご覧になった方も多いと思います。 ケネディ大統領の時代にあった「キューバ危機」がテーマの映画で、ケビン・コスナー主演でした。実は第三次世界大戦が勃発したかもしれないという緊迫の13日間を描いています。

キューバ危機・あなたも私もいなかった

「キューバ危機」というのは東西冷戦時代の1962年10月に勃発した事件です。フロリダから肉眼でも見えるほど近距離にあるキューバに社会主義政権いわゆるカストロ政権が誕生しました。

ソビエト連邦としては対立するアメリカへ庭先からピストルを突きつけることができます。さっそくミサイル基地をキューバに作ることが計画され、実行されました。ミサイルには核搭載が可能でした。

この危機に対応したのが45歳の若き大統領ジョン・F・ケネディでした。そして大統領を支えたのがアメリカ史上最年少の司法長官ロバート・F・ケネディ(36歳)とケネス・オドネル大統領特別補佐官(38歳)の2人で、映画ではケビン・コスナーがケネス・オドネル役でした。この若き3名が「13ディズ」のポスターにもなっています。

ミサイル基地建設を確認したアメリカが建設を阻止するため海上封鎖を行います。ホワイトハウスとクレムリンで息詰まる神経戦が繰り広げられます。最終的にはソ連のフルシチョフ首相が譲歩し、戦争は避けられました。一歩間違えれば、私もあなたも今ここにいなかったかもしれなかった事件です。

実際にケビン・コスナーが妻に電話しているシーンが出てきます。『私が消してもいいと言うまで、テレビをずっとつけて置きなさい。もし警報がテレビから流れたら、ただちに核シェルターに避難しなさい。』というセリフです。

ミサイル攻撃に耐えるネットワークを作る

東西冷戦時代、ソビエトからの大陸間弾道ミサイルにどう対応するかが大きな課題でした。宇宙空間でミサイルを撃墜するスターウォーズ計画が議論され始めたのもこの頃です。トップガンのように海軍をテーマにした映画が出来るように、アメリカでは日常生活において軍の存在がとても大きな国です。

大学での研究も同じで、国防省から予算が出ている軍事目的の研究テーマがいくつかあります。その中の一つがミサイル攻撃を受けた場合にいかに情報ネットワークを守るかの研究でした。

当時の情報ネットワークは集中管理システムが中心でした。頭にあたるホストがミサイルでやられてしまえば全機能が停止してしまいます。これでは反撃も何もできません。そこでホストがやられても大丈夫なように分散するシステム、また拠点間の回線がやられても別の回線で自動的にバックアップできるような情報ネットワークの研究が始まりました。

核攻撃を受けても全体が停止しないようにするためです。これがクモの巣のように世界中に張り巡らされることになるインターネットの誕生につながっていきます。

インターネット登場

1969年にカリフォルニア大学やユタ大学など4つの大学・研究所のコンピューターをつないで「ARPANET(アーパネット)」を立ち上げます。これが世界で最初のインターネットです。予算で出所がDARPA(米国防総省の高等研究計画局)でしたのでアーパネットという名前になりました。

アーパネットでは遠隔地と効率のよい通信をするための、通信を小包のように分割して送受信する仕組みが作られ、パケット(小包)通信と名付けられました。今も携帯電話でよく聞く言葉ですよね。こんな昔からあった技術なんですね。

アーパネットは軍事用でしたが、便利なので民間でも使いだし、やがて民間のネットを分離します。やがて日本を始め、国を超えてつながり、今のインターネットへと進化していきました。


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