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水谷IT支援事務所TOP > 執筆(Web) > 2004年4月その2

インターネットの中に国家があった?

日本の中にもう一つ国家があったことをご存知ですか?

1995年4月1日に建国された国家で、名称は「関西電子共和国」と言います。元々は東京への一極集中では駄目なのではないかという議論からスタートしました。日本の東と西に政府を作り、それぞれの風土にあった政治を行い、「どうも、私は東の政府の方が向いている。」と思えば東の政府に税金を払い、「西の方が向いている。」と思えば西の政府に税金を払います。

例えば汚職などが起きれば、誰も税金を払わなくなって政府が廃れ、別の政府の勢力が大きくなります。つまり政府が緊張感をもって政治運営ができるよう二大政党制ではなく二大政府制で実現する仕組みです。ただ現実世界では難しいので、当時、技術者の世界からようやく一般の世界に拡がり始めたインターネットを使って行おうという話になりました。

他にも色々なシミュレーションを行う場を作りたいということもあり、市民が自主的に参加する電子社会のシミュレーションの場として関西電子共和国が建国されました。

都の名前は「平成京」

代表の臼井義美さんが色々なところに声かけをして賛同者を集め、設立1年後には国民が千名を超えるぐらいまでの規模になっていきました。IIJが誕生し、個人がインターネットに接続できるようになったのが1993年11月でしたので、当時はまだまだインターネット接続している人は少なく、その中でかなりの数を共和国に集めています。

関西電子共和国には都がありました。名前は「平成京」で条里制が採用されました。上京区には色々な研究所が置かれ、例えば電子社会法研究所では電子社会の到来にあたり市民の観点からどういう法律が必要か等を皆でメーリングリストを使って議論していました。

また電子自警団詰所が設置され、他人を誹謗・中傷する内容の電子メールの送信やホームページの作成などが行われないようパトロールをしていました。現在のサイバーポリスの活動を先取りしていたことになります。中京区は官庁街で、行政府、立法府、司法府が設置され、国民はいずれかに自由に所属し、三権分立を行うことになっていました。

共和国憲法に賛同し、関西に興味があれば誰もが国民になれます。実際に海外からアクセスされる方も多く大使館が中京区に建てられました。平成京で流通する通貨も作られ、関西らしく「デッセ」、「マッカ」という単位でした。

「冠位十二階の制」まであった。

ビジネスマン、エンジニア、弁護士、公認会計士、議員、学生、主婦、芸術家、経営者など多士済済な人が集まり、ボランティアで運営する国家でした。真面目なだけでは面白くないので、色々と遊び心を入れた運用を行っておりました。例えば「冠位十二階の制」があり、画期的な事業やおもしろい企画を提案するなど、他の国民のために奉仕した者は、その貢献の程度に応じ冠位が与えられます。冠位が上がると投票権が1票増える仕組みです。

関西電子共和国1周年記念では多くの国民が見守る中で天理大学雅楽部の生演奏の中、奈良朝の衣冠束帯に身をつつんだ共和国の功労者に対して薬師寺の執事から冠位が授けられました。この時は同じく国民であった桑名正博さんのライブもありました。ハードディスクが壊れた話などパソコンやネットワークのトークが中心の異色のライブでした。

初代大統領に中島らも氏を選出

関西電子共和国では日本初の電子選挙を行っています。住民登録を行った国民に対し、選挙管理委員会からIDとパスワードが交付され、指定されたサーバーにアクセスし1票を投じます。不正投票(二重登録/国民以外の登録)を防止した本格的なシステムです。

最初の電子選挙は共和国の大統領選挙でした。七夕に選挙が行われたのですが、投票締切から結果発表まで数分という電子選挙の威力をまざまざと体験できた選挙でした。初代大統領に選出されたのが中島らも氏で決まってから大統領就任を依頼に行き、しゃれで引き受けてもらったそうです。

関西電子共和国 今はどうなっているの?

色々な実験を行っていましたが、電子商店などが登場する以前に電子決済などの商取引を行う実験を始めようとしました。ところが公的機関にサーバーを置いていたこともあり、商取引はまずいということになり旧約聖書のような流浪の民になってしまったのが共和国衰退の原因の一つになっています。

ただ各地では色々な活動が今も続けられています。また一部でレコンキスタ(国土回復)運動も始まっており、そのうち復活するかもしれません。関西電子共和国は市民が自主的に参加した壮大な実験でした。時間や距離を超越してコミュニティを作り上げる日本でも始めての例だったと思います。その後、インターネットが爆発的に普及し、参加していた市民を中心にその成果が色々なところで花開くことになります。

※検索エンジンで「関西電子共和国」をキーワードに検索すると平成京の遺跡などを見つけることができます。

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